こちらに来てまだ間もないですが、日常の生活を通じて日本との様々なギャップや違いを感じます。それはフットボール面においても同じだと思いますが、その国のフットボールは、その国の「気質」が表現されているのではないでしょうか。
スペイン人と生活することでもしくは接することでこの国の人々の考え方などが分かります。いつも言いますがどちらが良いとか悪いではなく。
先週、グエル公園に行きましたがそのことを先生に伝えると「どうだったと?」感想を聞かれました。
僕は何気なく軽い気持ちで「悪くなかったよ」答えると、「悪くないとは?」と聞かれたので、「彼の作品の哲学があまりすきではない」となんとなく答えると、「彼の哲学とはなんだ?」「好きではないということは彼の哲学を知っているといことだよね」と理詰めで返されました。
僕としては「彼の考え方をあまり知らないから良く分からない」と答えたかったのですが。
そういえば、スペインに渡る飛行機の中で読んだ養老猛さんの本に欧米は「コーヒーか紅茶か」個人の立ち位置を求める文化だと書いてあったのを思い出しました、、、
「コーヒーですかティーですか?」
「どちらでも。都合のよいようにしてください」
うるおぼえですが、日本の文化の特徴の「中間の概念」や「曖昧さ」などといった言葉が肯定的に用いられてた様々な本を思い出しました。日本の中心はカラ(空っぽのカラ)ではなく、空(くう)がある、と言ったのはロランバルトだったでしょうか。
言葉の微妙な感覚や間、理屈や善悪といった二元論だけでは捉えきれない世界。キリスト教と仏教とを比較したときにも、二元論的な思想と多元論的な思想の違いが日常のディティールにも影響しているとも考えられます。
少しややこしくなりましたが、論理的な思考やはっきりと自分の意見を主張する西洋の文化と、公に自分を調和させ個を上手く消しながらも自分を位置つける柔軟さをもつ日本。上手く表現できていませんが、根本的な文化の違いがあります。
前述したように、どちらが良い悪いという優劣ではなく、大事なのは違いとそれらを理解することです。特にここ十数年は日本のアイデンティティを見直す風潮が随所に見られるように感じます。
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